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石島小夏のおうちごと♪

夫と娘と「おうちを描いて共に育む♪」日々を徒然なるままに◎

娘によって溶かされる母への後悔

◆家族と向き合う◆  *親育て・育自(子育て・育児)

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あー、娘ちゃんが私の後悔を和らげてくれているんだ!!

 

ふと、そんなことを思いました。

 

家族と共に楽しく暮らしながら、どう働いていくかは、日々思い悩む私。

でも、不思議と子育てそのもに関してはあまり悩みません。

 

たぶん、それは娘ちゃんと接していくことが、こどもだった自分自身を許していくことにつながっているから。

娘ちゃんを小さな一人の個人として、認めていくことで、こどもの頃(というかだいぶ大人になった20代)の自分も受け入れられるようになっていっている。

 

20代の時、恐らくどこの家庭でも片鱗はあるであろう「家族」の黒い部分というか、重い部分というか、大変な部分みたいなものがの私には一気にのしかかってきた。

といより、ちょっと大人に近づいたから元からあったものが「見える」ようになってしまっただけなのかも知れない。

問題は見えるけれど、自分の心の置き所がわからない。

そんな思春期のような、モラトリアムのような、心が不安定な状態。

 

社会に出ると同時に、母が末期ガンを患って、4年間の闘病を経て他界。

この4年間、私は「自分のやりたいこと」を社会に見つけ出そうと必死で、自分のことばっかり考えていた。

そして、そんな私を母が不安に思っているのを感じ取ってもいました。

 

「お母さんを安心させたい」って思えば思うほど空回り…。

自分も体調を崩してしまい、結局、父や母に心配かけて、負担を増やしてしまう。

 

「自分の不甲斐なさを見せたくない」という気持ちと「弱っていく母を見たくない」という気持ちが重なって、母が送ってきた手紙やメールに返事をするとか、母に会いに行くとか、そういうことがこまめに出来なくなっていた。

母が「死に向かって行っている」ということにも、気付かないフリをして自分を守っていた。

 

母が他界する半年前くらいから、ようやく仕事も落ち着いて、毎月、母に会いに行けるようになった。

母は「休みを全部使ってるんじゃない?大丈夫?」と心配してくれた。

会いに行くたびに弱っていく母の姿に、「本当に死に向かっているんだ」と痛感し、でもそう思ったら負けな気がして、そういう感情に押しつぶされて東京に戻る電車の中でボロボロ泣いた。

 

「もっと早くこまめに会いに行けば良かった」と、たくさん後悔した。

自分探しなんてしていないで、素直に与えられた職場で働き続ければ、「お母さんは安心できたのかなー?」そんなことを考えて、至らなかった自分をたくさん責めた。

そして、母のケアを父に「丸投げ」していたこにも、罪悪感を覚えていた。

 

 

でもね、娘ちゃんは私のそういった重苦しい黒いものを、満面の笑みで溶かしてくれるのです。

「失敗なんていくらでもすればいい。そこから学んで大きくなっていくんだから」そんな気持ちで娘を見ていると、過去の自分探しも失敗から学んでいく過程にすぎなかったんだなーって思えてくる。

そういう気持ちになれたら、当時の関わりや「やってきたこと」がいろいろ繋がって線に成ってきました。

 

娘ちゃんとはやはり世代が違うので、夫婦のことは夫くんと解決したいなーって思ったら、父に丸投げしていた自分も受け入れられるようになってきた。

(社会人なんだから、もう少し頑張れたんじゃないかなって思いますけどね)

 

で、親はたぶん安心なんてすることがない生き物なんですよ!!

何を選んでも、心配になったり、不安になったりしてしまう。

だから、「お母さんを安心させたい」なんて不毛な努力だったのです。

 

極端な言い方ですが、私が生きているだけで、お母さんは不安になったんだろうなぁ。

そしたら、もはや生きているだけでいいんですよね(笑)

願わくは、娘ちゃんには笑顔で生きていて欲しいから、私も笑顔で生きていくしかない!!

 

もちろん、大変なことも辛いことも、これからもあるんだと思う。

だけど、たくさん転んで、最後は起き上がって「ニコッ」と笑う。

そんな家族を目指しております♪