石島小夏のカラフルノート

カラフルノートで“思考”を可視化して、自分と向き合う&相手に伝える…!

過保護と思いやりの境界線

f:id:ohuchigoto:20180820182949j:plain

 

「過保護」と「思いやり」。

似て非なるこの二つ。

でも、境界がとても難しい。

 

 

組織でも家庭でも、相手を思いやっていたはずが、

過保護になってしまっていることも多い。

そして、過保護なケアを提供した結果、相手が主体的に動く機会を奪ってしまう。

 

 

主体的に行動して欲しい。

 

そう願っていたはずなのに、

相手への思いやりが、主体性を阻んでしまう。

 

過保護に手厚く、丁寧に丁寧にケアしたことで、

相手が思い通りに動かないと、

自分の努力が報われない気持ちに襲われる。

 

 

少し肩の力を抜いて、

相手に任せてみる。

 

思い通りの結果にならなくても、

のんびり待つ。

 

 

とはいえ、守る部分は守りきれるように、そっと外から見ている。

放置するのではなく、放牧する。

そんなゆるやかなでしなやかな関係を結びたい。

 

 

でもねー、時間も手間もかかるのですよね。

 

短期利益を求められる職場や、時間に追われる家庭で、

ゆるやかなでしなやかな関係を結ぶために立ち止まる。

そんな勇気がなかなか持てなかったりする。

 

 

投資であり、予防の為の行動ってなかなかできないですもんね。

それでも、ちょっとでもいいから、そんな行動を取ってみる。

小さな行動も積もり積もれば山となる(はず)。

 

私が取り組んでいることは、本当に目の前の成果が見えにくい。

それでも、人間関係は長期戦。

それが心の底から納得出来る歳にはなったのだよなぁ。

 

対面コミュニケーションを諦めない。

それが大きな力になると、私は信じているのです。

「諦めない」と「無理をする」の境界線もまた難しいのですけどね。

 

その境界線は、自分自身そして目の前の人と向きあっった場数によってしか、

掴むことができないのかも知れません。

そんなことを考えたのでした。